自分のための時間を始めるには、心揺さぶられるキッカケが欲しい

50代に向かうシナリオを想像しはじめる

50代が見えてきて、会社員としてどのようにサリーマン人生の着地を迎えるのか、なんとなく考え始めている。

あと10年でどこまで出世できるのか、早ければ、すぐに役職定年を迎える。
そこからは、波が引いていくように、静かに定年を迎えるのだろう。

しかし、「まだまだヤレるはず」「これで終わってなるものか」とどこかで思っているのも事実

ましてや、定年を迎えても、棲家も飯も必要だし、せっかく時間があるのだから何かを始めてもみたいし、何しろまだまだ生きて行かなければならない。

心に響く音

まだそんなこともあまり意識していなかった、4年前、沖縄へ2泊3日で家族旅行をした。

家族の中で、沖縄にいった事がないのはボクだけだ。
娘たちは、小さい頃だが、母親の方の両親と行っている(が憶えていないようだが)
当時は、仕事が忙しいということもあったが、義理の両親との旅行が苦手だったということも大きな理由である。そんなこんなで、初沖縄計画だった。

年明けに旅行会社H○Sの新春お年玉セールでツアーを取り、ガイドブックを買い込んで計画する。

ガイドブックの沖縄は、見たことも無いような青い空、青い海、白い砂浜、太陽が輝き、夜は満天の星、鮮やかな花や果実で埋め尽くされた、まさに楽園のようなところだった。

これが現実になると思うと、どんな世界なんだろう? という期待感に胸を膨らませていた。

3月中旬だったので、海水浴はまだできず、天候も曇りが多い時期で、少し肌寒い時もあった。
それでも、海は青く、草木は鮮やかだった。

レンタカーを借り、南部の戦跡、ひめゆり、斎場御嶽、中部あたりに宿泊し、翌日は北部の美ら海水族館、パイナップルパーク、首里城、最後は国際通りでお土産を買うと、る○ぶ に書いてあるガイドのよう行程だった。

ひめゆりを訪れた時、老齢の語り部が、当時の体験を自分の言葉で生々しく伝えていた。
リゾート感覚でいた心に、往復ビンタを浴びたような気持ちになった。
人がそんなに残酷になれるのか、誰一人報われない、悲しく、けして忘れてはいけないこと

海岸線を走っていた時に、青い海なのだが、ところどころ赤土が流れ出ているような、水の流れが滞ってしまっているような、そんな景色をみた。

パイナップルパークや国際通りでは、お土産店の店先で、三線(沖縄三味線)を奏でている。
懐かしい訳では無い、なにか沖縄にきて見て、感じた光景が音になったような、物哀しいが、心地よい、癒されているような音に聞こえた。

それが三線との出会いだ。
非日常の楽園、目を覆いたくなるすぐ近くの歴史、楽園を蝕むもの、それらも包み込む歌、音

旅行から帰って、日常にもどっても、三線の音、沖縄の民謡が耳に残り、夜な夜なYoutubeで検索して聞いたり、ネットの楽器店で、初心者三線セットを眺めていた。

それから、三線を習い始めるのに、3年の歳月がかかったのだが。

時間があっても、どのように使っていいかわからない

家族、愛すべき人たち、家族のために使う時間は幸せな時間。
欠け替えのないものであることは間違いない。
家族がいたから、働き、助けられ、喜びを感じるのだ。

ただ、家族のために自己犠牲を払っているのだとしたら、考え直さなければならない。

どこかで自分の人生を振り返った時、「家族のため」が言い訳や、諦めの言葉になってはいけない。

ただ長年、そうして生きていると、いざ自分のために何かを始めようと思っても、自分のやりたい事がなんなのか分からない。

興味を持ったことがあっても、続かないなんてことがあると、自分は何が好きなのかも分からなくなってくる。

「もう50にもなるのだから、今更あんなことできない」とか、
「自分より上手くできる人はいっぱいいるなら、やっても意味がない」とか、

何かと、誰かと比べて、自分が始めない理由をつけてしまっていないだろうか。

誰のためでもない、自分のために時間を使えばいいのだ。

やらない理由を並べるより、誰とも比べない、心を揺さぶるものがあれば、自分の好奇心に従えば、最初の一歩を踏み出すことは難しくないはずだ。

まずは、自分の内面を見つめるため、自分の時間を使ってみる事だ。

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シュンゴ@かんから催眠療法士

1969年2月生まれ。神奈川県出身。一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会(JBCH)認定ヒプノセラピスト。生きるための仕事のはずなのに、生き甲斐が見つけられない。自分には何があるのか、空っぽな自分に何ができるのかを見つけるために、自分と向き合うことをしてきました。これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、そのための40代の過ごし方を日々模索するようになり、一つの方法として自分の内面を見つめるためのヒプノセラピーをやっています。自分を形成するモノ、軸や根っこの見つけ方などを綴って行きます。

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