
催眠術は、エンターテイメントの一種だと思っている。
催眠療法・ヒプノセラピーは、心の民間療法だ。
10数年前までは、なんかこうやって見たら、心が癒された。など、確かに理屈ではなく、一種魔術的なもののように思えた。
近年は、脳の働きの解明が進んできて、なぜ催眠療法が有効なのか、理屈が分かってきてきている。
全ては、脳とそこにある記憶が起こしていることだ。
今日、夢を見ただろうか?
見たような気もするが、憶えていないだけのような気もする。
記憶には容量があって、寝ている間に、記憶を移し替え、空き容量を作っているそうだ。
なので、この理屈からいえば、徹夜で一夜漬けの勉強には全く意味が無い。
空き容量がまだいっぱいあれば別の話なので、若いうちはまだ効果があるのかもしれない。
いつまでを若い内と言うのかもあるが…
パソコンの仕組みとおんなじで、アクセスが早い、キャッシュメモリに、新しい記憶を置いて置いて、使う頻度が少ない記憶を、ハードディスクに移し替えているようなものだろうか。
もし、これを読んでいるのが午後か夜ならば、そっと目を閉じて、今日の朝目覚めた頃から、順番に今に至るまでを思い出して見てほしい。
朝おきて、まず何をしたか?顔を洗ったか、水を飲んだか、とりあえずテレビをつけたか、どんなテレビ番組だったか?
それから仕事に向かったとして、駅に向かう時、ホーム、電車の中、すれ違って何か記憶に残っている人がいないか、どんな服装だったか。
そんな感じで、今に至るまで、少し思い出してみよう。
結構憶えているのではないだろうか?
では、昨日の朝からの事はどうだろう、
今日と、同じように思い出し難いかもしれない。
これは、脳の働き
新しい記憶は、脳の中の「海馬」に一旦記録され、寝ている時に整理されて、
大脳新皮質に「記憶の移し替え」が行われることが分かってきている。
この移し替えによって、記憶する空き容量を作っているわけだ。
なので、十分な睡眠を取っていなければ、新しいことを覚えられない。
また、記憶は移し替えを行っている訳で、消えてしまっている訳ではない。
ただ記憶の繋がり、キッカケのようなものがないため、思い出しにくくなっているのだ。
記憶は断片的であり、ここでは意味を持たない。
例えば、「りんご」を移し替えられたとしたら、そこでは、
「丸い」「赤い」「匂い」「味」をそれぞれパーツで記憶する
これをそれぞれ結びつけることで「りんご」であることを思い出す。
さらに、「甘い」「好き」という記憶も結びつければ、好きな果物は「りんご」という記憶となるが、「腐っている」「お腹を壊した」という記憶と結びつけば、見るのも嫌な物体となるかもしれない。
催眠療法で行うトラウマの解消や、潜在意識をコントロールして、行動パターンを変えるというのは、この記憶の結びつきをやり直し、記憶の見え方を変えているということだ。
何故それが嫌なのか、トラウマとなったか、その原因を自分で気づかないことがある。
その事を記憶した時に、「嫌な」記憶と結びつけてしまっている場合がある。
それは、ほんの些細な事や、大人となった自分から見れば、何故そんなことが嫌だったのか?
と思うようなことかもしれない。
催眠、ヒプノセラピーは、決して自分の意思とは別に、犬になったり、別の何かになるものではなく、自分を癒すための手段だ。
魔術やスピリチュアルな事でもなく、理屈で説明できるほど、脳の働きは解明されてきている。
これからもっと研究が進めば、医療行為として利用されるようにもなるだろう。
シュンゴ@かんから催眠療法士
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