三線(サンシン)と出会う

メインとサブ

人に言わせると、ボクは主流を行かない、サブカルチャーの匂いがするらしい。確かに、あまり流行に乗れるタイプではないし鈍感なほうです。と言うか、最近は何が主流というのがどんどん無くなっているのではないでしょうか。

昔ほど、人と比べることが無くなったのではないでしょうか。今では、なんでも競って上に、前に行く人の方が敬遠されているように思います。妬み、僻みや見下したり、そういうことが争いを産みますからね。比べないニュートラルな気持ちでいたいものです。

青春時代をどう過ごすか

ボクは中学・高校生のころから22歳まで、バンドなど音楽をやっていたことがあります。高校生の時のパートは、ボーカルかキーボード。今ではどっちも人にお見せできるものを残していないのですが、当時は多くの時間を費やしていました。青春てやつですね。

高校卒業してから始めたバンドというか、当時は珍しかったと思いますが、二人のユニットを組んで、シンセサイザーやシーケンサーなんてのを使って、当時でいうと小室哲哉、今だと中田ヤスタカみたいなのを目指してやっていました。まぁボクら自身はそこまでのクオリティはなかったのですが、サポートしてくれるひとがレベル高くて、結構その気になってやってました。

当時はどちらかというと、バンドと言えばボウイとかが流行っていたころだから、そんないろいろ機材を使って(買って)、大掛かりにやってるアマチュアなんてのは少なく、郊外の地元では少数派だけど、マニアックな「サウンド&レコーディング」なんて雑誌が好きな人たちには、ウケがよかったように思います。もう30年前の話、今じゃ、マック1台でできちゃうし、Youtube には、クオリティの高いアマチュアが沢山作品をアップしてますね。機材の進化もありますが、人の進化も感じます。若い人はみんな歌がうまいし。

またまた沖縄、そして三線

それから30年近く、ギターは家に置いてあるけれど、人前で演奏するわけでもないので、真剣に練習するでもなく、音楽や楽器演奏なんてのとは無縁で過ごしていました。

2014年3月始めて訪れた沖縄で耳にしたのが「三線」(サンシン)です。サンセンでも三味線でもなく、サンシンです。「カーステレオで沖縄らしい音楽を聞こう」とYoutubeあたりからそれらしいのを選んで掛けていて、その時はただ雰囲気を味わいたいというだけで、三線を音楽を聞いていました。

三線の実物を見たのは、確かその時に訪れた、ナゴパイナップルパークのお土産屋でした。今思えば、人工皮を被せてハイビスカス柄のお土産用の三線だったと思います。高尾山の木刀みたいなもんです。

その店先で、演奏していたのか、民謡がかかっていたのか覚えていませんが、物珍しいマイナーな楽器を手にしたいという感じたわけです。弾いたこともないのに。結局その時は買わなかったのですが。旅行から帰ってからは、Youtubeで三線の動画を見ては、ネット通販で購入しようかどうかウジウジと悩む日々をすごしました。

沖縄に魅了されて三線に手をだすと完全に発病です

結局、3年後の春、2度目の沖縄に行き、Youtubeで見た上江田武信さんに、ヤンバルまで会いに行き、そこで三線体験から、三線を購入するに至ったわけです。初心者用のそう高級なものではないですが、買うなら上江田さんから買いたいと考えていました。

それからは、地元の三線教室に通い始め、その教室の発表会が、八重瀬町のガンガラーの谷で行われるという、またまた沖縄に行く口実ができるという流れができてしまいました。

そんな三線との出会いから、ゆるーくハマっていくのですが、沖縄旅行によく行くという人でも、沖縄三味線とか、蛇皮だから蛇味線(ジャミセン)という人もいて、沖縄の楽器だと知ってはいても、「三線」といって分からない人も多いです。

三線は意外とマイナー

島唄、涙そうそう、海の声(auのCM)とかBIGINが弾いてい楽器というので知られてはいるのだと思いますが、まだまだマイナーな楽器ですね。

そこで思いました。やっぱりボクはメインストリームでは無いんだなと、多くの人が知ってるギターではなく、名前を言われてもピント来ないような「サンシン」に心惹かれ、習い、沖縄まで行ってしまうという、完全にサブカル側の人間でした。

おかげで、自己紹介で「趣味はサンシンです。あっ、スイングアウトの方ではなくて、沖縄三味線の方ですよ」とツカみのネタはできましたけどね。

 

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シュンゴ@かんから催眠療法士

1969年2月生まれ。神奈川県出身。一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会(JBCH)認定ヒプノセラピスト。生きるための仕事のはずなのに、生き甲斐が見つけられない。自分には何があるのか、空っぽな自分に何ができるのかを見つけるために、自分と向き合うことをしてきました。これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、そのための40代の過ごし方を日々模索するようになり、一つの方法として自分の内面を見つめるためのヒプノセラピーをやっています。自分を形成するモノ、軸や根っこの見つけ方などを綴って行きます。