誰かのためになりたいと思うこと

新橋沖縄料理美ら海

もう今更すぎて誰も話題にしませんが、FacebookやInstagramなどのSNSが日常の生活にあるなぁと思う今日この頃。上手にツールとして使う人は、上手に情報発信をして、逆に情報を得たりしてます。

そんな中、前の職場の友人と新橋の沖縄料理屋「美ら海」へ、飲みにいったのですが、こうしてブログなんぞを書いていて、SNSで発信もしようとしているにも関わらず、Insta映えはおろか、Facebookに載せるような、「こんな料理でーす」とか「友人の○○と一緒に沖縄料理楽しんでまーす」というような写真もなく、沖縄三線好きを標榜しているにも関わらず、目の前の壁にかかった三線にも触れず、、、という、ほんとにこれだけSNSが日常的に使われているのに、まだまだそう言ったものを楽しむというのが根付いていないのだなと、年かなぁ。。。

料理の写真無く、ルートビアだけ

Facebookの登場当初は、まだネットではハンドルネームというような、匿名でコミュニケーションをしていたころ、自分のプライベートを晒してやる奴がいるのか?と、そんな風潮がありましたが、そうしてハンドルネームを使っていたSNSは廃れてしまい、いまやアメリカから入ってきたSNSに駆逐されているような状況ですね。

時代時代に、それに合ったものがあって、それに適合した人たちが上手に使いこなして、引っ張って行くのでしょう。「Facebookは高齢化した」という話もちらほら聞きますが、それはボクたち世代でも楽しんでいるということ。そして使い方が変わってきたということかもしれません。

その友人との話しで、「50代は老害になっている」「若い可能性を潰している」「やる気がなくて、会社にしがみついてじっとしているような奴は、全員クビにした方がいい」と、少々過激な議論がありました。

もちろん、いろんな50代がいますし、世の中を引っ張って行く、クリエイティブでイノベーティブな50代だってたくさんいます。

ただ会社組織となると、バブルの大量採用で入社したものの、40代を過ぎたら期待される「管理職」のポストには限りがあって、出世できないサラリーマンが大量にいるということです。

出世ができない、「管理職」になれないとうのは、「会社から評価されていない」「会社に必要とされていない」そんな気持ちになるし、実際、会社側もどんどん給料は減らしていきたいという思惑もあるのだから、そういった表現を使ってモチベーションを下げさせているのでしょう。

一方で、「だから腐って、自分を殺して、会社にしがみ付いていく」というのも面白くないはず。

人の基本的な欲求に「承認欲求」があるのだから、「評価されない」「必要とさられない」というのは辛いもの。会社が(一部の上司だけかもしれないけど)そうやって、否定するのは、会社がこの時代についていけていない、前時代的な制度をそのままやり続けているからなのかもしれません。

ただボクらは、それが現実にあるということを、受け止めなければならないのだと思います。

誰かがどうにかしてくれる訳ではないから、腐って愚痴を言っていても仕方ない。

この時代の自分なりの生き方を、まだまだ枯れない気持ちを持っていきましょうね。その方が、不貞腐れているより、何十倍も楽しい生き方でしょ?

自分で変えようと思えばいいだけ、誰かに感謝されたい、必要とされたいと、もう一度思えば、それがモチベーションになるはず。そして、そこまでいけば、あとは行動に移すだけです。

ボクたち世代が、もうひと輝きするのに、もう遅いというのはありません。時代時代に、SNSの使い方は変わって行って良くて、一人一人の使い方、楽しみ方は無限にあるものなんだと。それと同じことです。「誰かに必要とされる」そんな喜びは自分で見つけるもので、まずはそれに気づくことなんです。

まずは、もうちょっと楽しい写真や、見てくれてる友人達に、情報をちゃんと伝えられるような、SNSの使い方から勉強しないとね。

 

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シュンゴ@かんから催眠療法士

1969年2月生まれ。神奈川県出身。一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会(JBCH)認定ヒプノセラピスト。生きるための仕事のはずなのに、生き甲斐が見つけられない。自分には何があるのか、空っぽな自分に何ができるのかを見つけるために、自分と向き合うことをしてきました。これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、そのための40代の過ごし方を日々模索するようになり、一つの方法として自分の内面を見つめるためのヒプノセラピーをやっています。自分を形成するモノ、軸や根っこの見つけ方などを綴って行きます。