日々起こることは全て異例なことだ

今回の台風は”異例”のコースでどのようなことが起こるかわからない。

今週末に日本列島に上陸する台風は、東から西に移動するこれまでに無い台風ということだ。

これまでにない連続真夏日、酷暑、異例の早さの梅雨明け、”異例”な気象続きで、なにが通常なんだかわからなくなってくる。

というか、気象なんて全く同じことが起こるなってことは無いのだから、”同例”なんてないだろう、異例というのはそもそもおかしいのかもしれない。

しかし毎回、被害が大きくなっているのは残念なことだ。まさかと思うことの頻度が上がっているのは確かなこと。備えることは大事だか、備えたことに安心ぜずに、それが起こった時に、過信せず万全な行動をとれるように気をつけたい。

いずれにしろ、週末の天気が悪いと、せっかくの休日が台無しな気分になる。

台無しな気分になるが、かと言って、実は天気が良くてもダラダラ過ごしてしまい、結局無駄に休日を過ごしている。

ダラダラしているものだから、家族に「買い物行くから、車出して」「出かけるから送って行って」といいように使われ、そうやっていいように使われるとなると、「なんだよ、自分だってやりたいことあったのに、できなくなったじゃないか・・・」と心の中でつぶやくが、実際、具体的に何をやるとも決めていないので黙って従う。家族に頼られて、家族ののために時間を使うことは幸せなことじゃないか。どうせダラダラしているのだから、送迎だってするし、お財布も持って行く。

天気が良かろうが悪かろうが、変わらずそんな休日をすごすのだ。

これまでも、近所の川で、ブラックバスが釣れると聞いて、ルアーフィッシングの道具を揃えて、週末の早朝、日の出ごろに起きて通っていたことがある。

最初の半年近くは、全く釣れない日々が続いたが、どうやって釣ろうか、ネットで情報集めたり、道具を買い足したりと試行錯誤をして、ボチボチ釣れるようになった。5時間やっても、1匹つれるかどうかということはザラにある。

ひとりで黙々とやっているものだから、釣れた時の喜びを分かち合える相手もおらず、細々とFaceBookに写真を投稿して、数人しかいない友達から「いいね」をもらって、ニヤリとぐらいの楽しみかただった。

それはそれで楽しかったが、冬場はシーズンオフになるし、やはり分かち合える人や誰かの反応がなければ、だんだんとその情熱もしぼんで行くものだ。

引っ越して、川から少し遠くなったことで、さっぱり釣りには行かなくなってしまった。

そんなダラダラ週末も昨年からは、沖縄一人旅を決行したあとに、近所に見つけた三線教室に通いだしてからほんの少し変化が起きている。月2回土曜日だけだが、週末に”自分の為の”予定がカレンダーに書き込まれようになり、何かささやかな喜びを感じて居る。相変わらず始めの一歩がなかなか踏み出せず、教室に申し込みをするまでに、1ヶ月ぐらい躊躇していたのだけど。

教室で演奏のポイントを教えてもらい、家で練習をして教室で数人の仲間と演奏する。そんな繰り返しだが、沖縄の文化や言葉なんかも、先生に解説してもらいながら、歌の意味を理解していく。演奏会など、人前で演奏するという緊張感や、生徒同士の応援や共感、一体感などが継続ができる要因なのだと思う。

三線を話題にしてSNSのグループに参加したり、会話が盛り上がったり、沖縄にまた行きたくなったり、沖縄の知り合いができたりと、行動することで、何かこれまで考えもしなかったことがどんどん起こって、それがどんどん広がって行く。

ほんの少しのキッカケ、ほんの少しの行動が、これまでに無い”異例”の事態を引き起こし、自分の為の休日の過ごし方を、ほんの少しづつでも変えることができるのだ。

 

 

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シュンゴ@かんから催眠療法士

1969年2月生まれ。神奈川県出身。一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会(JBCH)認定ヒプノセラピスト。生きるための仕事のはずなのに、生き甲斐が見つけられない。自分には何があるのか、空っぽな自分に何ができるのかを見つけるために、自分と向き合うことをしてきました。これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、そのための40代の過ごし方を日々模索するようになり、一つの方法として自分の内面を見つめるためのヒプノセラピーをやっています。自分を形成するモノ、軸や根っこの見つけ方などを綴って行きます。