
【ご挨拶】
こんにちは、かんから堂を名乗りますシュンゴと申します。
サラリーマンをやりながら、カウンセリングとヒプノセラピー(催眠療法)をやっている、催眠療法士です。
このサイトのドメインをcan-color-do.comから屋号を「かんから堂」としています。
お見知り置きください。
さて、「名選手、名コーチにあらず」と言います。
40代をすぎた頃に頭をよぎる思いと重み。
第一線で活躍してきたはずなのに、ベテランと呼ばれ、役職がついた頃、自分のやり方では部下がついてこれないと言われる。それで会社から評価されなくたなった。会社のためや、家族のために一生懸命仕事をやってきて、子育ても落ち着き、時間ができたが、何をやって良いか分からない。「自分とはなんだろう?」人生の折り返し地点に来て環境の変化に戸惑い、「自分が何者か、何が好きで、何をしたいのか、どこに向かっているのか」分からなくなってしまうそんな世代。
しばらく蓋をしていた自分の中に秘めている思い、自分のために行動する欲求を、今一度思い出し、自分の存在価値や自信を取り戻して、これからの人生を充実したものにするために自分本位な生き方を探していきましょう
【かんから堂の由来】
can-color-do =ローマ字読みと混ぜた語呂合わせです。
CAN=出来る Color=色(個性) DO=動く
あなたの送ってきた人生は、あなたにしか「出来なかった」こと。そして、「色(個性)」があるのだから、自分を信じて「行動」すればいいんです。
【プロフィール】
1969年2月生。神奈川県出身。双子の娘の父。
システムエンジニア、コンサルタントなどに従事、郊外の零細企業から、外資ITベンチャーヘの引き抜きなど順調にキャリアを重ねる。しかし、その会社も10年で倒産。
この頃、プライベートでも、離婚。中学生と難しい年頃の双子の娘を引き取り、母の助けを借りながら育て上げる。
またこの頃から、自分に降りかかる災難の原因は何か、自分の内面の深層に興味を持つ。
その後転職した先でも、その6ヶ月後に倒産するという、1年のウチに2度の倒産を経験をすることになった。
幸いな事に、以前の上司から声をかけてもらい、大手外資IT企業への転職することができ、安定を取り戻せたと思われたが、リーマンショックに続き東日本大震災と多難な時期に突入。自身の業績不振からパワハラ退職勧奨を受け退職を余儀なくされる。
この時42歳、40代での難しい転職だったが、ここでも人との繋がりで転職ができた。転職先では、大規模なシステム開発プロジェクトに参画する。しかし、火の車となったプロジェクトの火消し、テコ入れを期待されていた責任感から、上司に意見するも対立することとなり、収集がつかない状態へ、社長へ進言も最低の評価となり、減給、降格、閑職へと追いやられる。
以前のように、仕事に対しての前向きさを感じられないようになっていった。
【想い 〜VISION〜】
仕事に対しては、何かずっと肚に落ちていない、しっかりと足をつけていないような状態で生きてきた。ある時、「カンカラのように空っぽな自分に何ができるのか、何がしたいのか?」を問い、自分と向き合うことで、全ては自分が選択してきたことだと気づく。
過ぎた事は、事実として変えようが無いが、これからの未来は、今動かなかければ変わらない。自分のための自分が望んだ生き方選択することを始める。
これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、深層意識にある自分の本心を探り、これからの目的を再発見すれば、心も体も動き出す事ができることを実感する。
人生の折り返し地点で立ち止まってしまった世代でも、決して遅い事は無く、これから自分の時間を生きることはできる。
まだまだ、人生は長いのだから。
The following two tabs change content below.
1969年2月生まれ。神奈川県出身。一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会(JBCH)認定ヒプノセラピスト。生きるための仕事のはずなのに、生き甲斐が見つけられない。自分には何があるのか、空っぽな自分に何ができるのかを見つけるために、自分と向き合うことをしてきました。これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、そのための40代の過ごし方を日々模索するようになり、一つの方法として自分の内面を見つめるためのヒプノセラピーをやっています。自分を形成するモノ、軸や根っこの見つけ方などを綴って行きます。
最新記事 by シュンゴ@かんから催眠療法士 (全て見る)
- まだまだ終われない、ベテランの進む道 - 2019年1月26日
- 前世療法の記憶が正しい歴史かどうか、目に見えないもの - 2019年1月22日
- 何ぜモヤモヤしているのか、自分では気づきにくいものです - 2018年12月9日