常識に従えば生きやすいが息苦しい

普通それぐらいわかるだろ

この場合、「普通」とは何を基準に言っているのだろう

「常識」ん・・・これも、便利な単語だけど、よくよく考えるとピンとこない

最近よく言われる「多様性」だとか「ダイバーシティ」だとか、そんな時代での「普通」や「常識」というのが、どんどん曖昧になってきているのではないでしょうか。

最近ボクのヘビロテになっている、Anlyさんの歌に「Manual」という歌があります。これは、高校生のブラック校則に対する歌なのですが、この内容はまさに、世界が多様性を認めれば素晴らしい世界になるという意味にボクは理解しています。

Anly Manual

#Anly #Manual

ハラスメント研修

なぜいきなりこんなことを思ったかと言うと、今日職場で、管理職向けにハラスメントの研修動画を見まして、ハラスメントを無くすためには、自分がどうではなく、相手のことを考えるように、「多様性」を理解すること。とそんなようなまとめ方の内容でした。

例えば、

上司が部下に「お前こんなことも分からないのか?ここの表は横より縦だろ?常識だろ?バカか?」と叱責するところや

飲み会で「おれの酒が飲めないのか?」とか絡む上司とか・・・

同じく飲み会で、女子社員にお酌させたり、毛髪の寂しい少々ふくよかな上司が、鼻息がかかるほど近くで話したり、手のツボを教えながらマッサージしたりと・・・

デフォルメされているボクら世代は少々寂しい気もしますが、これは誰が見てもアウトでしょう。

なかなか考えにくいですが、まぁそれはドラマ仕立てなので、分かりやすくしているのだと思います。

個人の主観から無理やり共通項を括った「常識」

「普通」「常識」と言っている上司は、自分が知っている知識や経験で言っている訳で、それが正解かどうかではなく、あくまでも「その人の常識」なわけです。

「普通」とか「常識」というのは、もともと個人の主観的なものを、「まぁまぁこの辺がだいたい共通認識だよね」って括ったもののように思います。

時代や地域によって全然違いますからね。

共通認識に合わせることの方が幸せか

ドラマなので一方的な常識の押し付けになっていますが、実は現実的なところでいうと、共通認識やら常識に合わせて行きていく方が、社会生活では生きて行きやすいでしょう。

いろんな人が、同じ世界で行きていくために、秩序やルールが必要だということなのですが、いつしかこれが、「多様性」を抑え、個性を出すことは逆に生きにくいようになっているし、息苦しい世の中になってしまったのだと思います。

ただ人もどんどん進化しているから、これからは動画の言う結論の通り、「多様性」を認め、それぞれ「個性」を認めることが「共通認識」となって、もっと豊かで生きやすい世界になるものと願います。

おやじ世代だって変わらないと

動画にあった飲み会の上司と女性社員の下りは、誰が見てもキモいですが、ここで言いたいのは、上司は、女性が断らないで応対してくれているから、コミュニケーション良好と感じている思い込みだとういうことらしいです。

こうなってくると、価値観だの多様性だのの話ではないです。。。ただのアウトですから。

こうして分かりやすい動画の題材になるボクら世代は、少なからずそう言った目で見られていると、自覚しなければなりませんね。 哀

清潔感、身だしなみ、スマートなおやじでいるために、まずは気持ち、モチベーションをもって生き生きとしていることです。

まずはできることから。

 

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シュンゴ@かんから催眠療法士

1969年2月生まれ。神奈川県出身。一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会(JBCH)認定ヒプノセラピスト。生きるための仕事のはずなのに、生き甲斐が見つけられない。自分には何があるのか、空っぽな自分に何ができるのかを見つけるために、自分と向き合うことをしてきました。これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、そのための40代の過ごし方を日々模索するようになり、一つの方法として自分の内面を見つめるためのヒプノセラピーをやっています。自分を形成するモノ、軸や根っこの見つけ方などを綴って行きます。