一歩踏み出すのに勇気や覚悟が必要だ?

今年2018年の夏は7月から連日猛暑が続いている。
今日はやっと、すこし過ごしやすいように思うが
温度計を見れば、28度とか29度とかだったりする。
今まで経験したことのないことも、慣れてしまうものだ。

7月15日から3日間、海の日の沖縄に旅行にいった。
真夏の沖縄なんて、暑くて大変と聞いていたが、
最高気温が31度で、海風の吹く沖縄は、
ヒートアイランドな都内より100倍も快適だった。

「知っている」と「経験している」は全く違うもの

今までやったことのないこと
新しく始めること
始めの一歩を踏み出すのに時間がかかることがある。

ボクの場合は、大体躊躇する。

失敗したくない
みっともないところを見せたくない
クオリティーの高いところを見せたい
時間もお金も使うのだから損をしたくない

などなどと考えていると、「まぁ、別に・・・そんなにやりたかった事でもないし」
と考え始めて、結局やらない。

そこまでの情熱がないのだ
熱くならないのか、熱くなってうまく行かないかいとカッコわるいと思うからか

結局のところ、なんのためかわからないようなプライドが何も始めないのだ

かと言って、いつまでもウジウジとネットで調べて、やっぱ始めようかな。。。といつまでも迷っている。

調べて調べて、知った気になって、道具を揃えて、ちょっと始めて、引き出しにしまわれるというパターンは今でもある。

知ってはいるものの、何かできるかというと、何もできていない。

興味のないことには、まったくと言っていいほど無関心なのだが。

「まずやってみる」 というスタイル

だが、一度でも、ただ単純に「面白そう」ってぐらいで、実際に体験してみると、それがそこからどんどん広がって、知っていることや調べたことにはない、新しいことが沢山おきることがある。

一つは、人との繋がりや出会いだ。

新しい人との出会いもあるが、昔からの知人、友人となんだか急に話す機会が増えたりする。
そして、新しく始めたことを、知らず知らずに熱く語っていたりする。
そこには、全くのど素人で、なんの深みもプロフェッショナルな知識もないのだが、
自分で経験して気づいたことが、嬉しく、楽しく、そしてそれらは、自分の言葉で語っているのだ。

「〜らしいよ」「〜かもしれない」など、ネットで調べた知識、他人の言葉では、やはり聞いてる友人の心にも響かないのだろう。

自分の言葉で話して、そこには見栄やプライドなどなく、純粋に楽しむことができているから、人との会話も楽しくなる。

いろいろ考えて、調べて、こっそり練習して、、、うまくなったら人に見せようなんて考えずに、「まずやってみる」で始めてみよう。

何にも知らないのだから、やること全部が新しい経験で、そのに新しいワクワクが生まれてくる。

一歩踏み出すのは、勇気や覚悟が絶対必要なのではなくて、
「ゆる〜い気持ち」があればいいのかもしれない。

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シュンゴ@かんから催眠療法士

1969年2月生まれ。神奈川県出身。一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会(JBCH)認定ヒプノセラピスト。生きるための仕事のはずなのに、生き甲斐が見つけられない。自分には何があるのか、空っぽな自分に何ができるのかを見つけるために、自分と向き合うことをしてきました。これから迎える50代をどうやって充実して過ごすか、そのための40代の過ごし方を日々模索するようになり、一つの方法として自分の内面を見つめるためのヒプノセラピーをやっています。自分を形成するモノ、軸や根っこの見つけ方などを綴って行きます。