
慣れて当たり前になっている事は、なかなか変えられないものだ。その前に変えようと言う事も思いつかない。
そしてそれは、自分が選択した事、自分が選んだもののはずで、誰かにそうしろと言われたものではない。
例えばボクの場合、これまでの人生で、節目節目は、自分で選択してきたつもりだ。
学校、仕事、結婚、子育て、住まい、その時その時にその状況に応じて、自分がやるべき事を選択してきた。
自分の責任で。
と言ってしまえば、なんとなくカッコがつくのだけれど、よくよく考えてみれば、選択というものでもない。
楽に行けそうな学校を選び、取り敢えず働ける会社に就職し、そんなタイミングだからと結婚し、子育てを始め、手狭になったから住まいを決めた…
それでも、20代は大きな事故や躓きがなかったからよかったのだけど、30を迎える頃に、
夫婦仲の悪化から離婚、会社業績の悪化から倒産と行き当たりバッタリの人生はバッタリと倒れ込んだ。幸い二人の娘とは一緒に暮らせたし、母の協力もあった。
山があれば谷もあるものだ。ただし山だったのかも定かではないのだが。
職無し、妻無し、蓄え無しと、行き詰まり息詰まった。
ここからは、挫折とラッキーが繰り返す。
次に転職した会社は半年で倒産
前職の先輩から誘われすぐに次の会社(大手)に入社
何しろ二人の娘を育てなければならないのだから、仕事なんて選んでられない、とにかく働かなければ・・・という状況なのに、タダで買ってお釣りまでもらったようなものである。
しばらくして、欲を出して社内異動を希望し異動したが、業績上がらずクビに
失敗は結果から見れば成功プロセスの途中だと言われているが、それは成功までやり続けての話し。そこまで温かく見守ってくれるわけがない。
成績が悪ければ、当然お払い箱、世の中そんなに甘く無いのだ。
しかし、ここでも前職の上司から誘われてすぐに次の会社へ(大手の子会社)入社
と、結果オーライ、捨てられたゴミ社員を拾う神あり である
これらは、全部自分が選んだことなのか?
自分で選択しているのだけど、それは自分が望んで選んだものだったのか
選択肢がない中で、そこにあったものをただ手にしただけではないか。
それに慣れてしまっていて、自分が自分の責任で選択した人生だと思っていたのではないか。
自分が選んだ人生なのに、なぜこんなにもワクワクしないのだろう?
今、度々考えることがある
自分が本当にしたいこととは何?
今の生き方に慣れてしまっていて、そんなことを考えることはしなかった
いや、考えてはいけない事のようにも思っているのかもしれない。
慣れ親しんだ生き方を変える事の煩わしさ、潜在意識レベルで抵抗するのだ。
もし、確実に今の人生にワクワクしないのならば、一度自分に向き合って、今までの人生を、思い出せる、もっとも古い記憶に遡って思い出してみることをオススメする。
思い出して書き出してみる。自分の自伝を作るように。
そこに、自分が本当にワクワクするものが記されるはずだ。
その記憶その気持ちに向き合うことから、潜在意識の抵抗を突破できる理由が見つかるのだ。
シュンゴ@かんから催眠療法士
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